膝前十字靭帯損傷・断裂とは
前十字靭帯(Anterior Crucial Ligament:以下 ACL)損傷は膝関節のスポーツ障害のなかで発生頻度が高い怪我の1つです。スポーツ中に強い外力が膝関節に加わって発生します。
強い外力はラグビーやサッカーのようなゲーム中に体同士の接触プレーで発生する場合、バスケットボールやバレーボールのようなジャンプの着地や急な方向転換で発生する場合があります。
怪我をした直後から膝関節が痛みや腫れにより動かない、膝の不安定感などが出現します。また、痛みや腫れといった炎症症状が落ち着いても膝の不安定感が残るために歩行中・階段を降りるときに膝くずれ(膝が抜けるような感じ)を生じる場合があります。
靭帯が損傷することで、膝関節が不安定になり膝の靭帯以外の部位(半月板など)に負担がかかり、2次的な障害が生じる可能性があり、日常生活だけではなくスポーツでは満足のいくプレーができなくなる可能性もあります。
二次的な半月板損傷の予防や、スポーツ復帰を希望するなど活動性が高い場合は、基本的に手術が必要となります(前十字靭帯損傷診療ガイドライン 改訂第3版 2019)。
手術をした後でも、年齢を重ねると変形性膝関節症を発症する可能性がありますので、継続してリハビリや運動を続ける必要があります。
膝前十字靱帯再腱術後の理学療法
ACL再建術後には、リハビリテーションを実施します。術後のリハビリテーションは、修復した組織へのストレスを考慮して、各病院が作成しているプロトコル(計画)に従いながら、患者さんの状態・目標を十分に考慮しながらセラピストが個別にメニューを作成し実施していきます。順天堂大学附属練馬病院で手術を行った患者さん用の前十字靭帯再建後リハビリスケジュール(順天堂大学医学部整形外科・膝関節・スポーツ専門外来 監修2020)に基づいた内容をご紹介します。
初期(0-4週)
術後4週までは、移植した腱を保護しながら、痛みや炎症の管理、立ち上がり・歩行の再獲得、膝関節の可動域向上、大腿四頭筋の筋力向上を目標にリハビリテーションを行います。
痛みや炎症の管理に対しては、医師との連携をとって炎症鎮静剤の服薬や患部のアイシング指導を行います。
立ち上がり・歩行の再獲得に対しては、手術の影響で体重をかけることに恐怖や痛みを感じて左右均等に体重をかけることができなかったり、必要以上に力んでしまったりするため忘れてしまった感覚を取り戻すために指導をします。
膝関節の可動域制限に対して、理学療法士が膝のお皿を動かすこと(モビライゼーション)や膝関節を伸ばす練習を行います。また、ご自宅では、足部スライド(膝抱え運動)や術創部のマッサージを指導します。早期回復のためにはご自分での自主トレーニングがとても大事になります。
大腿四頭筋の筋力低下に対しては、パテラセッティングなどの運動を電気の力を借りながら行います。手術の後は、関節原性筋抑制(Arthrogenic muscle inhibition:AMI) が生じる場合があります。AMIでは、筋肉に怪我が無い状態でも自分の力で大腿四頭筋に力を入れることが難しくなります。当院では、Neuromuscular Electrical Stimulation (NMSE:神経筋電気刺激法) を行いさらなる筋力増強を図ります。可動域拡大と同様に自主トレーニングが筋力を取り戻すために大事になります。
手術をした膝関節以外にも、下肢-体幹の筋力や機能が低下しないよう患部外エクササイズも行っていきます。3週以降は、エアロバイクを使用してのトレーニングも開始します。エアロバイクは、膝と足のコントロールや有酸素機能の機能の向上が図れるため積極的に行っていきます。
そのほかに股関節の筋力トレーニングを行いますが、詳しいリハビリメニューは順天堂大学のYoutubeチャンネルから配信されています。
中期(5-12週)
膝関節の屈曲伸展の正常な動きの獲得、痛みなく歩行ができる、日常生活動作において正常な神経-筋コントロールを再獲得することが目的となります。また、手術した側の大腿四頭筋の筋力が手術していない側と比較して60%まで改善するように、段階的に筋力増強練習をしていきます。
膝関節の屈曲伸展の正常な動きの獲得に対しては、継続してお皿周りの柔軟性に努めることと、再建靭帯の負担を見ながらハムストリングスや大腿四頭筋のストレッチを行います。必要に応じて理学療法士が膝関節に関節モビライゼーションを実施します。ご自宅での自主トレーニングがここでも重要となります。
痛みなく歩行ができること、日常生活動作において正常な神経-筋コントロールを再獲得に対しては、0-4週までの運動の継続と片脚や不安定板上でのバランス練習やスクワットやスプリットスクワット・ランジなどの荷重下でのリハビリを進めていきます。
特に、膝が内側に倒れる動作では、再建した前十字靭帯に負担がかかるため避けなければいけません。
後期(13-20週)
後期では、再建した靭帯が安定してくる時期です。そのため、エクササイズの量と質を増やして筋力向上に努めます。
可動域測定と筋力測定を行い、支障のない可動域と健側比60%を獲得したらランニングを開始して行きます。
動作の難易度は両脚から片脚へと移行していきます。合わせて、これまで獲得した膝の動きを維持するためにもストレッチングを継続して行っていきます。
復帰準備期(21-32週)
手術した膝関節の動きに制限がなくなり、受傷する前と同様に筋力の回復に努める時期です。この時期より、スポーツ復帰に向けて競技特性に沿った動作の練習を開始します。具体的には、サッカーやバスケットボールであれば、ジャンプアップやリアクション(コンタクト)練習、カッティングや方向転換、パスやドリブルなどを行います。バレーボールなどであれば、スパイクやブロックなどの競技に合わせた練習を進めていきます。
トップスピードでのプレーに戻すために当院の練習では、道具や近所の公園を使用してラダートレーニング・プライオメトリックトレーニングを行います。また、スプリントトレーニング(100%)の開始、加速走の強度を増加(0→80%)していきます。
プロトコールに従いながら、当院ではスポーツ復帰のために筋力テスト・パフォーマンステスト(ホップテスト)・自己記入式質問用紙による評価を行います。筋力は、健側の85~90%以上を目標とします。プロサッカー選手の復帰基準として、大腿四頭筋・ハムストリングスの左右差がない事、膝屈筋と伸展筋比 60% 以上を目標としています。パフォーマンステストでは、ホップ test などで動きに左右差が無いか評価をします。自己評価用紙では、ACL-Return to sport after Injury(ACL-RSI) scale を使用し、スポーツ参加への自身や不安があるかを評価用紙を使用して確認します。
このような、評価を行った上で実際のスポーツ復帰の時期は、最終的に主治医が判断をしていきます。本プロトコールは、あくまでも1つの基準です。個人の身体機能や活動量などに合わせてリハビリを進めていきます。当院での術前・術後のリハビリなどお気軽にご相談ください。
(執筆者:理学療法士 佐藤)